次期FRB議長候補のウォーシュ氏、“タカ派”判断は早計
パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の任期切れを5月15日に控え、ドナルド・トランプ大統領は遂に次期FRB議長にケビン・ウォーシュ元FRB理事を指名した。
ウォーシュ氏は2006〜2011年のFRB理事在任期にインフレ警戒姿勢を示し、「タカ派」としての評価が定着した人物である。
しかし、近年の発言や関係者の評価を踏まえると、その政策スタンスは従来のイメージよりもはるかに柔軟であり、トランプ政権の経済運営と整合的な方向へ舵を切る可能性が高い。

チャート:ケビン・ウォーシュ氏の主な経歴
ウォーシュ氏がパートナーを務めるデュケイン・ファミリー・オフィスの創業者で著名投資家のスタンリー・ドラッケンミラー氏は、英フィナンシャル・タイムズ紙に対し「ウォーシュは常にタカ派という評価は正しくない」と強調する。
2006~2011年のFRB理事時代を振り返ると、確かにタカ派的な発言が目立つ。
特に、2008年9月16日、リーマン・ブラザーズ破綻直後のFOMCで「それでもなお、インフレに対する懸念を手放す準備はできていない」と発言していた。
しかし、FRBがサブプライム危機を理由に2007年9月から利下げを開始し、2008年11月には量的緩和を開始、同年12月からゼロ金利政策を導入したが、反対票を投じたことはない。
2018年12月には、ドラッケンミラー氏と共に、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙で、FRBに利上げ停止を進言していた。
7カ月後、FOMCは3回にわたって「予防的利下げ」を講じたのは、歴史で示す通りだ。

チャート:ウォーシュ氏は「タカ派」とされるが、FRB理事時代は緩和策に反対票を投じず
トランプ氏と言えば、「遅過ぎパウエル」などと批判し続けたように、「借入コストを下げるべきだ」と主張した上で、執拗に利下げを迫ってきた。
トランプ氏は1月30日、ウォーシュ氏に利下げの確約を求めないと発言しつつ、ウォーシュ氏が「利下げを望む」と言及。
さらに翌31日には夕食会で、ウォーシュ氏を「訴えるかもしれない」と、パウエル氏への大陪審の召喚状を踏まえ、強烈なジョークを放つことも忘れない。
なお、ウォーシュ氏の妻は化粧品大手エスティ・ローダーの創業者の息子、ロナルド・ローダー氏の娘で、ロナルド氏はペンシルベニア大学時代からのトランプ氏の盟友。
グリーンランド領有をめぐり、トランプ氏に助言した人物として知られる。
もっとも、ウォーシュ氏は利下げに前向きで、2025年11月付WSJ紙の寄稿文では、人工知能(AI)は生産性向上とディスインフレ要因と指摘した上で、バランスシートの拡大ではなく利下げすべきと主張した。
FF先物市場は年内2回の利下げ予想に傾くが、同氏が就任すれば現実的なシナリオとして浮かび上がる。


チャート:FF先物市場、ウォーシュ指名を受けて2回目の利下げ時期は12月から9月へ前倒し
ドラッケンミラー氏の弟子つながりのベッセント氏率いる米財務省と、FRBの連携探るか
一方で、ウォーシュ氏はバランスシート拡大に否定的だが、これはベッセント財務長官に共通する考え方である。
ベッセント氏は、2025年9月付WSJ紙の寄稿で、①QEによる資産効果を受けた富裕層への実質的な救済策、②持つ者と持たざる者の格差拡大、③QEによる金利抑制を通じた、政治家の放漫財政依存、④金融政策と財政政策の境界消失(住宅ローン担保証券や社債購入を念頭)、⑤銀行監督機能の麻痺――を理由にQEに懐疑的な見解を表明。
ウォーシュ氏も、市場の規律と中銀の独立性を破壊するとして、QEに緊急事態でない限り、反対の立場を取る。
ウォーシュ氏とベッセント氏と言えば、他にも重要な共通点が3つある。
1つ目は、ウォーシュ氏がモルガン・スタンレー出身、ベッセント氏がソロス・ファンド・マネジメントとウォール街出身ということ。
2つ目に、共にドラッケンミラー氏の薫陶を受けた弟子であること(ベッセント氏が兄弟子)、3つ目にFRBに改革の必要性を主張していることが挙げられる。
ウォーシュ氏は2025年7月、1951年の「米財務省―FRB協定」の逆を行く、連携の強化を主張。
量的引き締め(QT)の過程で、借り入れコスト引き下げで協力すべきと語っていた。
ベッセント氏も、前述した寄稿文で「量的緩和のような非伝統的な政策は、真の緊急事態においてのみ、連邦政府全体との協調のもとで実施されるべき」と強調しており、FRBのバランスシート政策での連携に前向きと捉えられる。
ただし、足元でFRBは流動性懸念から、2025年10月にQTを停止、同年12月から米短期財務省証券(Tビル)などの購入再開を決定した。
今後は、借り入れコストをにらみ、米財務省とFRBが買い入れペースを協議するシナリオが視野に入る。
ウォーシュ氏がスタンフォード大学でフェローを務め、シリコンバレーと近い事情を踏まえれば、既にAIを通じたディスインフレ環境に言及する通り、AIが与える経済、物価への影響を精査する上で貢献するに違いない。
一方で、国際決済銀行(BIS)がAI関連投資のブラックボックス化を懸念するなか、ウォーシュ氏は危機対応でも手腕を発揮する可能性もある。
同氏は、2008年9月の金融危機で、バーナンキFRB議長(当時)の右腕として、モルガン・スタンレーで企業買収・合併(M&A)出身のキャリアを生かし、破綻寸前だった銀行の売却に尽力した。

チャート:AI関連投資(IT機器、ソフトウェアに含まれる)、GDPに寄与
以上を踏まえると、ウォーシュ氏がFRB議長に就任すれば、政策運営は以下の3本柱で構成されると予想される。
①柔軟な利下げ姿勢(トランプ政権との整合性)
→インフレが落ち着く局面では利下げを支持し、成長を優先
②量的緩和に慎重姿勢(市場規律の回復)
→放漫財政に陥らないよう、緊急時を除きQEの導入に慎重
③AI時代の供給力評価(新たな政策フレーム)
→AIによる生産性向上を前提に、従来よりも高い成長率と低インフレの両立を目指す
ウォーシュ氏はかつてのタカ派イメージとは異なり、状況に応じて政策を切り替える柔軟性を持つ。
さらに、ベッセント財務長官との協調関係、AIへの深い理解、ドラッケンミラーの思想的影響力を背景に、2026年のFRBは従来とは異なる政策フレームへ移行する可能性が高い。
すなわち、「成長を許容しつつ、インフレを抑えるAI時代の新しい金融政策」が、ウォーシュ体制の核心となるだろう。
ただし、ウォーシュ氏がFRB議長に就任するには、米上院での承認手続きが必要となる。
まず、米上院銀行委員会(共和党13名、民主党11名)にて単純過半数で承認されなければならないが、トム・ティリス上院議員(共和党、引退表明済み)は、パウエル氏の刑事告訴問題が解決しなければ、FRB人事承認を阻止すると明言している。
その他、米上院本会議でも、共和党のリードは3議席にとどまるなか、リサ・マコウスキー上院議員も、ティリス氏と同様にパウエル氏の問題解決が先だと主張。
ウォーシュ氏が無事に承認されるには、トランプ氏がパウエル氏率いるFRBへの刑事告訴について、撤回、つまり「TACOる」必要がありそうだ。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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