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イラン情勢の転機:攻撃能力の限界と米政権を縛る“3つのM”

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トランプ大統領、軍事作戦「終結近い」発言の意図

トランプ大統領は3月9日、イランとの軍事作戦について「終結は非常に近い(very soon)」と強調した。
WTI原油先物が2022年6月以来の120ドル超えに迫り、米株市場も不安定化する中での発言であり、トランプ氏が再び「TACO(Trump Always Chickens Out、トランプはいつも日和る)」に傾いたと見る向きもある。

米国側では、トランプ氏がプーチン大統領と電話会談を行い、「戦争を早期に終わらせるための提案を受けた」と説明した。
プーチン氏が米軍の行動に「非常に感銘を受けていた」と語った点は、ロシアが停戦プロセスに関与する可能性を示唆する。
ロシアにとっては、イラン戦争の収束をウクライナ情勢の交渉材料として活用する余地もあり、米露間で“取引”の可能性が取り沙汰されている。

軍事面では、ルビオ国務長官がイラン政権に対する3つの作戦目標として、①ミサイル発射能力の破壊、②ミサイル製造工場の破壊、③イラン海軍の壊滅――を挙げ、作戦の範囲が単なる核施設攻撃にとどまらず、イランの“攻撃能力そのもの”を標的としていることを明確にした。
これは、イランが停戦を模索し始めた背景とも整合的であり、軍事的圧力が外交局面を動かし始めた可能性を示す。

しかし、戦況の変化は米側だけの事情ではなさそうだ。
イラン側でも、攻撃能力の限界が顕在化し始めている。
UAEに向けて発射された弾道ミサイルは、3月9日には15発と、前日の117発から急減。
2月28日の戦闘開始以降で最小の発射数となった。
ドローンの飛来数も当初の209機から大幅に減少し、9日は18機と横ばいながら、攻勢の勢いは明らかに弱まりつつある。
これらの数字は、イランが弾薬・ミサイル在庫の逼迫に直面している実態を表すかのようだ。

チャート:UAEへのイラン攻撃動向
チャート:UAEへのイラン攻撃動向

一方で、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)は強硬姿勢を維持している。
IRGC航空宇宙部隊のムーサビ司令官は、今後は「ミサイルの威力をさらに高め、射程も拡大する」と述べ、弾頭重量1トン未満のミサイルは発射しない方針を表明。
米国とイスラエルによる攻撃が続く限り、「敵対勢力とその協力者に対して、この地域から一滴の石油も輸出させない」とも宣言した。
しかし、強硬姿勢の維持は、実際の能力低下を覆い隠すための“政治的演出”である可能性も否定できない。

イラン内部で軍と政府のメッセージが食い違う構図が続く点も留意すべきだ。
イランのガリババディ外務次官が、ロシアや中国を含む複数の国が停戦についてイランに接触してきたと明らかにした。
テヘラン側は停戦の第一条件として「これ以上の攻撃が行われないこと」を提示しており、イランが出口戦略を模索し始めた兆候とみられる。
ロシアと中国が仲介に動いている点は、地域情勢だけでなく、ウクライナ戦争やエネルギー供給をめぐる大国間の利害が複雑に絡み合っていることを示す。

トランプ政権のイラン軍事作戦を左右する、“3つのM“

JPモルガンは今回の作戦の帰結を左右する要素として“3つのM”――すなわちMunitions(弾薬)、Markets(市場)、Midterms(中間選挙)を提示した。
軍事的成果は時間とともに逓減する一方、資源リスクと政治的コストは増大するという指摘は、米国の意思決定に現実的な制約があることを示している。
特に、イラン攻撃による原油高により全米ガソリン価格は3月2日週に2025年11月以来の3ドル台を回復。
米株安も進む中、トランプ氏は株価の最高値更新を自身の政策の成果として強調してきただけに、市場の不安定化は政権にとって痛手となるに違いない。

さらに、分散型予測市場プラットフォーム、ポリマーケットで共和党が上院で過半数を維持する予想確率は3月9日に一時53%まで急低下。
対して、民主党が奪回する予想確率は47%まで巻き返してきた。

チャート:全米ガソリン価格、3月2日週は2025年11月以来の3ドル乗せ
チャート:全米ガソリン価格、3月2日週は2025年11月以来の3ドル乗せ

画像:ポリマーケット、上院多数派の予想確率
画像:ポリマーケット、上院多数派の予想確率
(出所:Polymarket)

G7諸国は、原油価格の急騰を受けて石油備蓄の放出に向けた動きを強めている。
すでに米国は戦略石油備蓄(SPR)の放出に踏み切る構えを明確にしており、G7財務相も「必要な措置を取る用意がある」と表明した。
ただし、共同での即時放出にはなお慎重姿勢が残る。
米政府内では、SPR放出を軸に、輸出制限、先物市場への介入、連邦税の一部免除といった追加策も協議されており、エネルギー市場の混乱が政策判断を主導的に動かし始めている。

総じて、イランの攻撃能力の低下や停戦協議の開始、米露中の外交的動きが重なり、戦況は表面的には収束に向かう兆しを見せている。
しかし、ホルムズ海峡の安全確保は依然として不透明で、原油供給リスクは構造的に残存する。
表向きの強硬姿勢とは裏腹にイランが“弾切れ”の兆候を示す一方、国内では政治的流動化が進み、内戦リスクも燻り続けている。

トランプ政権がイラン軍事作戦の終結を視野に入れるなら、今後の焦点は、ペゼシュキアン政権と対話を進めるのか、それともトランプ氏が新たな指導者として「受け入れられない」と述べたモジタバ師と近いIRGCと向き合うのかに移る。
イランの二重権力構造を踏まえれば、情勢は今後も二転三転する可能性が高い。
米国が軍事作戦をどの段階で収束させるかも、疑問が残る。

なお、G7の石油備蓄在庫放出とトランプ氏の「終結近い」発言の直前に、米国の経済・金融専門局CNBCで名物司会者として知られるジム・クレイマー氏がXにて「事態が沈静化する道筋は見えない」と悲観的な見通しを示し、話題になった。
同氏の発言は、市場の逆を行くアノマリーで知られ、今回も的中した格好となった。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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