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パウエル議長が異例の残留宣言 FRB独立性の危機と次期体制へのメッセージ

マーケットレポート

パウエルFRB議長、最後の会見で訴えた金融政策より重い「制度」の問題

8年間でFRBを5つの嵐――金融緩和の正常化、コロナ禍、インフレ、関税、イラン戦争――に耐えさせてきたパウエル議長の最後の会見は、中央銀行という制度そのものへの警告で幕を閉じた。
「FRBの独立性は今、危機に瀕している」と議長自身が認め、5月15日の任期満了後も理事として残留すると宣言。
後任就任と同時に前任議長が去るという数十年来の慣行を破ったのは、トランプ政権下での米司法省によるFRB本部改修をめぐる刑事捜査(ピロ検事正は4月24日に捜査を取り下げたものの、監察総監に費用超過の精査を要請)、クック理事解任をめぐる最高裁の係争という、前例のない「法的攻撃」への対抗措置だ。

パウエル氏は「政治的要因を考慮せずに金融政策を運営できる能力が脅かされている。こうした攻撃はFRBを傷つけている」と述べ、「透明性と最終的な決着が得られるまで」FRB理事として残留する決意を表明した。
FRBの独立性の重要性について問われると、大統領の意向に沿って政策対応を行えば「市場は我々のインフレ制御能力への確信を失い、敬意もすべて消え去るだろう」と指摘。
現状については、パウエル氏率いるFRBが市場からインフレ抑制能力に対する信認を得ているとして、「市場はFRBの信頼性を価格に織り込んでいる」と強調した。
一方で、FRB理事として残留しても「影の議長」として振る舞うつもりはないと確約した。

ベッセント米財務長官はFOXビジネスニュースで「規範を重んじると言いながら一方的に残留するのは伝統に反する」と批判し、トランプ大統領もSNS上で「次の仕事が見つからないから、残留するのだろう」と皮肉を放った。
しかし、パウエル議長の言葉は明快だ。
「これは選択ではなく、制度を守るための義務だ」と。

ウォーシュ次期FRB議長へ向けた配慮の陰に見せた、セントラル・バンカーとしての「矜持」

FOMCは4月29日、FF金利誘導目標を3.50〜3.75%で据え置いた。
3会合連続の据え置きだが、12人のうち4人が反対票を投じ、1992年10月以来最多を記録した。
前回に続き、スティーブン・ミラン理事は利下げを主張し反対を表明。
また、クリーブランド連銀総裁を始め、ミネアポリス連銀総裁、ダラス連銀総裁の3名は据え置きには賛成しつつ、緩和バイアスを示す文言「FF金利の誘導目標レンジを今後どの程度、いつ調整するかを判断するにあたり、委員会は、今後得られるデータ、変化し続ける経済見通し、そしてリスクのバランスを慎重に評価していく」の維持に反対票を投じた。
米3月コアPCE価格指数が3.2%、WTI原油先物が100ドル超えと、エネルギー価格が基調インフレへ波及するリスクへの警戒が急速に高まる状況下、緩和バイアスの取り下げを求めた格好だ。

チャート:PCE価格指数は高止まり
チャート:PCE価格指数は高止まり

それでも緩和バイアスを維持したのは、ケビン・ウォーシュ次期FRB議長への配慮だったとしてもおかしくない。
パウエル議長はバイアス変更の議論について「3月より遥かに拮抗してきた」と認め、「委員会の中心層は、より中立的な場所へとシフトしつつあると思う」と述べた。
ただし、「ガイダンスを変更するということは、多くのシグナルを送ることになるが、我々の過半数は、現時点でそのようなシグナルを送る必要はないと判断した」と説明。
緩和バイアスの文言維持に反対した3名も利上げを要請しているわけではない、と断ったうえで「次回会合では新しい指導部が重要な役割を担う」と明言した。

トランプ氏が利下げ圧力を維持するなか、緩和バイアスを残したまま引き渡すことで、ウォーシュ氏がデータを見ながら政策を判断する自由度を確保したと言えよう。
ただし、FRB理事として残留する意図を問われた際に、パウエル氏は「チェック・アンド・バランス」の役割を果たすためと説明した。
次期体制への「配慮」と共に、独立性を侵す者には抗うというセントラル・バンカーとしての「矜持」が同居した、強固な意志の表明だったと言えよう。
4人の反対票についても、FOMC内の分裂というよりは、イラン情勢と原油価格の急騰を受け「委員会内で見解が分かれるのは極めて自然なこと」として、それぞれリスク許容度が異なると指摘。
「もし全員の意見が一致したとしたら、その方が驚きだ」と締め括った。

チャート:反対票は4名、1992年10月以来で最多
チャート:反対票は4名、1992年10月以来で最多

ウォーシュ氏が表明した「体制転換」に一定の理解示すも、会見の必要性も示唆

上院銀行委員会は同日ウォーシュ氏の指名を13対11で可決し、共和党が多数を占める上院本会議で、早ければ5月11日の週にも承認する見通しだ。
既にウォーシュ氏は、指名公聴会で「体制転換」に言及。
会合ごとの会見のほか、インフレ目標2%、四半期に一度公表する経済・金利見通し(SEP)にあるドットチャート提示にも、疑問を寄せる。

これに対し、パウエル氏は「一般論として言えば、歴代の新議長は就任時にコミュニケーション手法を見直すことが多く、それは非常に健全なこと」と指摘。
新議長が見直しを行うのであれば「それは全く適切な判断だと考える」と回答した。

パウエル氏は、SEP公表と合わせ四半期ごとに行っていた記者会見を2019年1月から毎回に変更した。
これに対し、「『我々はどの会合でも動く可能性がある』と言っていたが、実際には記者会見のある会合でしか政策変更を行っていなかった」と発言。
しかし、コロナ禍を経て利上げサイクルでは毎回の会合で引き上げを行ってきたとして「もし記者会見が四半期に一度しかなかったら、対応は非常に難しかっただろう」と振り返った。
会合毎の会見は中銀の標準と化したと説明し、暗に変更に反対する考えを示唆したと言えよう。

次回6月16~17日のFOMCは、ウォーシュ新FRB議長にとって最初の政策判断の場となる。
コミュニケーション手段の検討を示唆するのか、緩和バイアスを外すか維持するか、その一手が市場とトランプ政権の双方から同時に試される。
パウエルが8年かけて守ろうとした「政治から独立した中央銀行」という制度は、次の議長の最初の判断によってその真価が問われることになる。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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