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ウォーシュFRB議長、タカ派の仮面の下に隠した「三方よし」か

マーケットレポート

6月FOMCをタカ派と判断、9月利上げ織り込み度は70%超えへ急伸

「我々はインフレを止めたい」――5月22日、ウォーシュFRB議長の就任宣誓式で、こう発言したのはトランプ大統領だ。
そして、ウォーシュ氏がFRB議長として初登板した6月16-17日開催のFOMCでは、トランプ氏の要望に応えたと言えるだろう。

FOMC声明文は、従来の341語から130語へ圧縮された。
フォワード・ガイダンスは姿を消し、「雇用の最大化」の文言は削除され、「物価の安定を実現する」との文言で締め括られた。
四半期に一度公表される経済・金利見通し(SEP)では、インフレ見通しが大幅に上方修正され、ドットチャートが示すFF金利予想・中央値は年内1回の利下げから、1回の利上げへ転換。
ドットチャートを提出したFOMC参加者18人のうち9人が利上げを予想、そのうち6人が複数の利上げを見込む結果となった。
FF先物市場では、9月利上げ織り込み度が台頭し、18日には73.7%まで急伸。
ドル円も、18日に一時161.81円と2024年7月3日の高値161.95円に迫った。

チャート:SEPでは2026年のインフレ見通しを大幅に上方修正、年内1回利上げ予想に転換
チャート:SEPでは2026年のインフレ見通しを大幅に上方修正、年内1回利上げ予想に転換

チャート:ドットチャートを提出した18名のうち9人が利上げを予想、据え置きと利下げを予想する参加者も9人
チャート:ドットチャートを提出した18名のうち9人が利上げを予想、据え置きと利下げを予想する参加者も9人

チャート:FF先物市場、9月利上げ織り込み度が73.7%に
チャート:FF先物市場、9月利上げ織り込み度が73.7%に

ウォーシュ氏は会見でドットチャートに疑問符、過去12回のうち的中は2回のみ

ウォーシュ氏の記者会見でも、タカ派寄りの姿勢を印象づけた。
会見 で「金融政策を正しく運営する方法とは、議会から与えられた使命、つまり物価安定の実現を果たすこと」と述べた通り、「物価安定」に14回言及した一方で、「雇用の最大化」は1回のみで、インフレ抑制を最優先する姿勢を強調した。

しかし、この「タカ派ショック」を額面通りに受け取るのは早計だ。
ウォーシュ氏は会見で、今回の会合では利上げの提案そのものが議題に上らなかったと明言している。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のFed番記者、ニック・ティミラオス氏から「信認は行動で示すと言った以上、なぜ利上げを示唆しなかったのか」と問われると、「その判断は19人の誰からも示されなかった」と一言で切り捨てた。
9人がドットに利上げを書き込みながら、実際の会合では利上げの議論すら出なかったという事実は、ドットプロットそのものへの信頼性に疑問を投げかける。

その疑念を、ウォーシュ氏自身が誰よりも体現している。
同氏は自らのドットを提出せず、提出されたドットを「大きな消しゴム付きの鉛筆で書かれているようなもの」と評した。
この発言の後に続く言葉を、軽視すべきではない。
ウォーシュ氏は「同僚たちはドットを提出した時点で、世界が非常に速いペースで変化していることを理解していたということだ。そして、6週間後はもちろん、6日後でさえドットに縛られるとは想定せず、状況が変われば当然修正されるものだと考えていた」と説明。
今回のドットチャートが示した年内1回の利上げ予想を否定しなかった反面、経済・物価・雇用の動向次第で、変化する可能性を明確に打ち出した。

今回のドットチャートをめぐり、ウォーシュ氏本人がFOMC参加者に提出を「促した(I have encouraged)」事実も、興味深い。
ウォーシュ氏はFRB議長就任前に一貫しドットプロットやフォワード・ガイダンスに懐疑的な立場を表明してきたためだ。
4月に行われた指名公聴会では、ドットプロットについて「世界に向け自分たちのドット(FF金利予測)を語ってしまうが、FRBのメンバーは人間であるがゆえに、提出した予測に本来あるべきより長く固執してしまう」と警告。
さらに「FRBがあらかじめ決定を下すのではなく、実際の会合まで待つことができれば、熟考の積み重ねにより中銀が過ちを防ぐことができる」と強調した。
また、フォワード・ガイダンスについては「信じていない。将来どのような決定を下すかを、事前に伝えるべきではない」との立場を明らかにしていた。

実際、金融危機後の利上げ局面を迎えた2015年以降、ドットプロットは間違いが続いた。
年末のドットプロットが翌年末のFF金利誘導目標水準を的中させたのは、12回のうち2回に過ぎない。
予想を外した最悪の例は2021年で、FRBが「インフレは一時的」として翌2022年に3回の利上げしか予想していなかったところ、実際は7回の利上げを余儀なくされた。
ウォーシュ氏が、指名公聴会で「致命的な政策ミス」と批判 した失敗例である。

ドットを廃止する方向で改革を進める同氏が、こうした過去の予想ミスを敢えて会見で蒸し返したのは、ドットプロットという制度そのものの信頼性を内部から空洞化させる狙いがあったと考えられる。
逆に、ドットプロットが正しかったとしても、データ重視の金融政策運営を行うという視点に立脚すれば、ドットプロットの必要性にこだわる必要はない。

チャート:ドットプロット、金融危機後の利上げサイクル以降は「間違い」だらけ
チャート:ドットプロット、金融危機後の利上げサイクル以降は「間違い」だらけ

まさに、ウォーシュ氏が重視するのは、FOMC参加者からの発信ではなく、経済指標そのものに反応する市場だ。
「市場がFRBの発言を反射するだけになれば、FRBは最も重要な情報源である市場価格に目をつぶることになる」と述べ、データドリブンな政策運営を志向する姿勢を明確にした。
この観点に立てば、年内利上げの是非は今後出てくる経済指標、特にインフレが本当に上昇を続けるかにかかっている。

ここで無視できないのが、目下の雇用・物価の堅調さに潜む特殊要因だ。
米5月雇用統計のNFPは前月比17.2万人増だったが、伸びの一部は地方政府や、米・加・墨で開催されるワールドカップ(W杯)、建国250周年に伴う娯楽・宿泊における一時的な押し上げの可能性がある。
特に、ホスピタリティ業界の雇用がW杯開催都市で3割増との調査を踏まえれば、W杯特需によるかさ上げが疑われる。

米5月CPIも前年比4.2%、コアCPIは2.9%に加速したが、航空運賃が前年比26.7%、宿泊も5.0%まで急伸していた。
逆に、コロナ禍で押し上げた自動車保険は2.0%低下し2021年3月以来のマイナスに転じ、中古車は5カ月連続で低下。
W杯などの効果が見込まれる品目とアメリカ人の内需を反映する品目で、明暗が分かれた。
加えて、パウエル前FRB議長が重視していた“住居費を除くコアサービス(スーパーコア)”は前月比0.3%、コアCPIも前月比0.2%へとそれぞれ鈍化していた事実も見逃せない。

チャート:米5月CPI、航空運賃と娯楽は上昇も、自動車保険と中古車はマイナスと明暗分かれる
チャート:米5月CPI、航空運賃と娯楽は上昇も、自動車保険と中古車はマイナスと明暗分かれる

以上を踏まえれば、ウォーシュ氏は過去を踏まえ今回のドットプロットも“間違い”となる可能性を見込み、足元の強含みの指標も一時的と判断したうえで、データ重視の姿勢を打ち出したのではないだろうか。

利上げを確約せず、インフレ抑制につなげたトランプ政権への「配慮」

もうひとつ、トランプ政権への“配慮”もうかがえる。
ウォーシュ氏が利上げを示唆せずとも、「物価の安定」を重視する立場を繰り返せば、米債利回りの上昇は一時的にとどまり、インフレ抑制の姿勢を織り込み利回りは低下する。
実際に、米2年債利回りは一時4.22%と2025年2月以来の水準へ急伸したが、その後は低下に転じ4.18%でクローズした。
米10年債利回りの上昇は限定的で、イールドカーブはフラット化。
何より、市場のインフレ期待を表す米10年物ブレークイーブンインフレ率(BEI)は18日に2.25%とイラン戦争勃発直前の2月27日以来の水準まで巻き戻した。
INGのエコノミストによれば、市場が評価したのは「インフレが今後加速する」という恐れではなく、「FRBが必要なら本当に動く」という信認そのものだ。
利上げを確約せず、インフレ期待を抑制し、利上げを望まないトランプ大統領の意向とも正面衝突しない――この「三方よし」を成立させたことが、初会合におけるウォーシュ氏最大の成果と言える。

ウォーシュ氏といえば、ウォール街出身で、著名投資家スタンリー・ドラッケンミラー氏とのつながりで縁のあるベッセント財務長官との毎週の朝食会継続を表明ずみだ。
さらに、トランプ氏の盟友でエスティ・ローダー創業者の息子ロナルド・ローダー氏を義父に持つ事情を踏まえれば、政権との緊密な調整のもとでこの均衡が成立した可能性が残る。
ウォーシュ氏が着手したFRB改革は、バーナンキ氏が拡大した金融政策コミュニケーションの枠組みを畳み、グリーンスパン時代のより閉じた政策運営へ回帰する動きと受け止められる。
こうした方向性は、ホワイトハウス主導の政策運営にも重なる。

チャート:米10年物BEI、イラン戦争後の上昇を打ち消し
チャート:米10年物BEI、イラン戦争後の上昇を打ち消し

ドル円の観点では、この構図は重要な意味を持つ。
年内利上げの織り込みが進めばドル高・円安方向の材料となるが、ウォーシュ氏自身がドットの正確性に疑問を投げかけ、利上げの根拠となる経済指標の多くに特殊要因が混在する以上、この織り込みが今後数カ月で巻き戻される展開も想定すべきだ。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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