日米協調介入に、「次」はあるのか?
「あらゆる措置を講じる(whatever it takes)」――ベッセント財務長官が8月4日のCNBCインタビューで発した言葉は、欧州債務危機に直面した当時のドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁を彷彿とさせた。
ベッセント氏があえてこの文言を使用したのは、円安是正への断固たる意思を市場に強調する狙いがあったのだろう。
とはいえ、その後は米7月雇用統計や消費者物価指数(CPI)など米指標の弱含みを利用した追加介入は見送られている。
ベッセント氏と片山財務相は日本時間の8月3日、共に「さらなる介入に躊躇しない」との立場を明確化したが、市場はその真意を測りかね、8月17日には一時159.60円まで切り返した。
日本政府・日銀が単独で介入に踏み切った7月30日の高値と、8月3日の安値との半値戻しの159円半ばにあたり、ここが「半値戻しは全値戻し」が意識される。
かつて、ソロス・ファンド・マネジメントの一員として、1992年のポンド売りに携わったベッセント氏が、今度は政府の側に立って円安の流れを断ち切れるのか、同氏の威信も懸かっているに違いない。
次に介入が行われるタイミングとして、市場が警戒しているのは160円だろう。
7月31日の高値は160.88円、介入が入ったと想定される直前の高値は160.54円だった。
この辺りを含め160円台は「ベッセント・シーリング」として意識されていてもおかしくない。
その一方で、2022年9月以降、介入サイクルでは初回の介入水準から切り上げられ、2回目が実施されてきた。
例えば、2022年9月22日に145.85円付近で介入を開始し、その後、同年10月21日は151.64円付近で行ったと見込まれる。
同様に、2026年4月30日の介入スタート水準は160.32円付近だったが、同年7月30日は162.81円付近だった。
単純に考えれば、7月30日高値の163.74円あるいは同日の介入直前の水準162.81円を上回るポイントが、次の介入レベルと見込まれる。
しかし、日米協調介入により、この水準が曖昧化された事実は否めない。

チャート:過去の介入水準など
もちろん、次の介入を読む上では水準だけを重視すべきではない。
神田前財務官の著書『世界金融秘録』によれば、為替相場がファンダメンタルズから乖離しているか、投機的な動きかを判断するうえで、インプライド・ボラティリティなど複数の指標のほか、商品先物取引委員会(CFTC)が発表する投機筋のIMMポジションを挙げていた。
足元、8月11日週の投機筋の円先物のポジションは4万2,085枚のネット・ショートと、日米協調介入直前となる7月28日週の16万3,412枚の約4分の1まで縮小した。
1つの指標として、円のネット・ショートが再び積み上がってくるかどうかも、見極めのポイントとなるだろう。

チャート:投機筋の円先物のネット・ポジション動向
7月31日の米国による介入額は、いつ判明する?
今後の介入ポイントに熱視線が集まる一方で、7月31日に米国が協調介入を行ったのならば、いつ実施状況が公表されるのだろうか。
米財務省による介入の原資は為替安定化基金(ESF)であり、FRBが参加する場合はシステム公開市場勘定(SOMA)が用いられる。
過去のレポートで指摘した通り、6月末のESFの総資産は2,170億ドルで、そのうち188億ドルが外貨建て資産だった。
7月31日の取引がESFによるものであれば、7月分の月次財務諸表に反映される。
米国法典第31編第5302条(c)(1)は財務長官に対し、月末から30日以内に「その月に発生したすべての取引」を含むESFの詳細な財務諸表を上下両院の所管委員会(上院銀行委員会、下院金融サービス委員会)へ提出するよう義務付けており、7月分の提出期限は8月30日となる。
ただし、米財務省が公開するのは月末残高が中心で、個別の取引詳細ではない。
残高には為替・債券価格の変動や通常の資産運用も反映されるため、介入が注記で明示されない限り、残高差だけから介入額を特定することはできない。
それでも、7月分のESF財務諸表は、ESFによる介入の有無や規模を見極めるうえで、より詳しい手掛かりとなる可能性がある。
オペを担当するNY連銀も、四半期報告で為替介入の規模を公表する。
「米財務省とFRBの外国為替オペレーション(Treasury and Federal Reserve Foreign Exchange Operations)」では、過去の介入時に取引額とESF、システム公開市場勘定(SOMA)の分担を明示してきた。
例えば、2011年3月18日の協調介入では、10億ドルの介入額をESFとSOMAが折半したと公表した。
2026年4~6月期の報告は8月13日に公表されており、7~9月期の報告は11月中旬に公表される可能性が高い。
以上を踏まえれば、ESFの財務諸表により、早ければ8月末から9月上旬に手掛かりが得られる見通しだ。
ただし、7月FOMCは介入前の7月28~29日に開かれたため、8月19日公表予定の7月分議事要旨に7月31日の介入は含まれない。
FRBがSOMAで介入に参加していた場合は、10月7日公表予定の9月FOMC議事要旨で介入の有無が示される可能性がある。
正確な取引額とESF・SOMAの分担を確認するうえでは、11月中旬とみられるNY連銀の四半期報告が焦点となる。

チャート:米国の介入が判明するタイミング
なお、米財務省が週次で公表する「公的準備資産およびその他の外貨資産」では、7月31日から8月7日にかけて、証券と預金を合算したユーロ建て外貨準備が約3億6,700万ドル減り、円建て外貨準備が約6億2,400万ドル増えていた。
しかし、これはESFとSOMAの合算値で、為替相場や債券価格の変動、通常の資産運用による増減も含まれるため、この差額をそのまま介入額とみなすことはできない。

チャート:米財務省の「公的準備資産およびその他の外貨資産」では、円建て資産が増加しユーロ建て資産が減少
FIMAの上限引き上げは、いつ行われる?
ベッセント氏は8月4日、「FIMAレポファシリティ(外国中央銀行などがNY連銀に保管する米国債を担保に、ドル資金を調達する制度)」の上限を600億ドルから引き上げるよう、FRBに求める考えを示した。
FIMAレポファシリティは、2020年3月のドル資金逼迫時、外国中央銀行などによる米国債売却が米国債利回りの上昇圧力を強めたことを受け、FRBが導入した。
その後、2021年7月28日に常設化され、現在は翌日物と7日物が用意されている。
FIMAレポファシリティでは現在、外国中央銀行など1機関当たりの利用上限は600億ドル(約9.6兆円)に設定されている。
ベッセント氏が自ら引き上げを決定できるわけではなく、その権限はFRB側にある。
FIMAの利用上限を変更する際、FOMC全体の承認は原則として必要ない。
FOMCは、上限や金利、取引期間、対象機関といった条件を変更する権限を、外国為替小委員会に委任しているためだ。
同小委員会は、ウォーシュFRB議長、ウィリアムズNY連銀総裁(FOMCでは副議長)、ジェファーソンFRB副議長で構成され、委員またはSOMAマネージャーの要請で招集される。
小委員会が上限変更を承認した場合、FOMC全体には変更内容を報告すればよい。
ただし、小委員会の委員1人がFOMC全体での判断を求めれば、案件はFOMCに付託される。
その場合はFOMC委員の過半数による承認が必要となるが、次回の定例会合を待つ必要はない。
特別会合を開けるほか、会合の招集が難しい場合は、書面、電話、電子的方法による会合外の採決も可能だ。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のニック・ティミラオス記者は、上限変更にはFOMCメンバーの少なくとも一部の承認が必要だと説明した。
前述の外国為替小委員会による承認がこれに当たる。
ただ、為替介入の資金調達はFIMAが本来想定していた用途ではない。
大幅な増額となれば、制度上は小委員会だけで決められても、FOMC内の幅広い理解が必要になるとみられる。
なお、この記事に対しベッセント氏がXで名指しし「記者を装った速記係」と批判し、大きな話題を呼んだ。
FIMAレポファシリティの上限変更は、FRBのプレスリリースやNY連銀の運用方針などを通じ、承認当日に判明する可能性がある。
2021年7月の常設化では、FRBとNY連銀が決定当日の7月28日に、常設化と金利、1先当たり600億ドルの上限などの条件を公表した。
一方、2024年1月に承認された7日物の追加は、約3週間後のFOMC議事要旨とFIMAレポファシリティのFAQの更新で明らかになった。
外国為替小委員会による条件変更に一般公表の法定期限はないため、今回も即日公表されるとは限らない。
今後の日米協調介入の焦点は、FRBが上限引き上げを決めるか、決めた場合にいつ新たな条件を公表するかに移ったと言える。
上限変更そのものは為替介入ではないものの、実現すれば、追加介入に備えたドル資金の調達枠を拡充する動きとして市場に受け止められよう。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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