ホーム » マーケットニュース » ウォーシュFRB議長、7月FOMCで利上げ示唆しない3つの理由

ウォーシュFRB議長、7月FOMCで利上げ示唆しない3つの理由

マーケットレポート

Google_ニュース提供元_CTA

FF先物市場、9月利上げを8割織り込む

「あなたは、私が言ったことを理解したつもりかもしれないが、実際には、あなたが聞いたことは私の意図したことではないと思う」――“マエストロ”と呼ばれたグリーンスパン元FRB議長の名言のひとつである。
ウォーシュFRB議長も、この言葉を知らないはずはない。

イランがホルムズ海峡でカタールやサウジアラビアのタンカーの攻撃を開始し、米軍が7月10日から報復を開始すると、イランが支援する武装組織フーシ派がバブ・エル・マンデブ海峡を含む紅海封鎖を宣言するなど、米国とイランが6月17日に署名した停戦合意の覚書は事実上、破綻したかにみえた。
7月23日にWTI原油先物は一時93.50ドルと、米国とイランの停戦合意が報じられた6月15日以降の下げ幅を打ち消し。
つれて、米10年債利回りも一時4.714%と2025年1月以来の水準まで急伸し、ドル円は一時163.99円と1986年12月以来の高値を更新した。
FF先物市場はインフレ再燃を警戒し、9月利上げ織り込み度が7月23日に82.2%まで上昇、翌24日も82%と高止まりしたままだ。
米6月雇用統計と消費者物価指数(CPI)の鈍化を受け一時48%まで低下していたが、今では利上げが既定路線に変化した。

チャート:FF先物市場、原油高を受け9月利上げ織り込み度は24日に82%
チャート:FF先物市場、原油高を受け9月利上げ織り込み度は24日に82%

しかし、7月FOMCは経済・金利見通しを発表しない会合で、ウォーシュ氏の会見が重要視されるが、利上げのサインが点灯するかは不透明だ。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のFedウォッチャーとして名高いニック・ティミラオス記者は、7月23日付の記事で「FRB政策会合、近年まれに見る『予測不能』な展開に」と報じ、ウォーシュ氏は手の内を明かさない見通しと報道。
ウォラーFRB理事の他、今年のFOMC投票メンバーである地区連銀総裁4名のうち、ダラス連銀総裁やクリーブランド連銀総裁が近い将来の利上げを支持する構えを打ち出す。
その一方で、FOMCで副議長を務めるNY連銀総裁は、インフレは頭打ちと述べ、据え置きが適切との見方を崩していない。

ウォーシュ氏のデビュー戦となった6月FOMCでは、参加者の間で利上げと据え置きで意見が対立している状況が浮き彫りとなった。
ウォーシュ氏はドットチャートでFF金利見通しを提出しなかったところ、18人のうち今年について半数の9人が利上げ、8人が据え置き、1人が利下げを予想。
肝心のウォーシュ氏自身は、欧州中央銀行(ECB)フォーラムで、司会者が利上げの可能性について何度尋ねても、物価安定の遵守を強調するだけで、回答を避けた。
7月FOMCでも、同様の見解を繰り返す公算が大きい。
その理由は3つだ。

原油高によるインフレ、米国需要鈍化なら二次的効果波及せずか

1つ目に、原油高に直面しガソリン価格も再び4ドルに乗せたとはいえ、地政学的リスクが一段と悪化するかは明白ではない。
実際、7月24日に中国の仲介を受けパキスタンが協議再開を模索と報じられ、米英がホルムズ海峡通航へ向け、国際組織樹立を念頭に高官協議を来週にもロンドンで開催を計画と伝えられた。
トランプ氏は7月25日にイランへの攻撃停止を指示したと報じられた翌日には、イランのアクラミニア陸軍報道官が報復休止を発表した。

米国の迎撃ミサイルや戦略備蓄原油の枯渇がイランへの攻撃停止を決断させた可能性は否めないが、イラン側も一方的に優位な立場にあったわけではない。
7月10日から13夜連続の米攻撃は、イランが海峡封鎖に用いる沿岸レーダーや対艦ミサイル発射機、小型攻撃艇なども同時に削り取っていた。
加えて、ペゼシュキアン大統領は7月20日、最高司法評議会で「経済への圧力は社会不安を招き、戦時下で得た国民の支持を損ないかねない」、「経済こそが”主戦場”だ」と警告
さらに、GDPの5割超に達するとされる戦争被害に加え、イラン産原油の最大の買い手である中国が輸入量を約4割絞ったことによる歳入減が、体制の耐久力を静かに蝕んでいたとみられる。

2つ目に、インフレのピークアウトが挙げられる。
米6月CPIは鈍化し、パウエル前FRB議長が好んだスーパーコア(住居費を除くコアサービス)は前月比0.2%低下と2020年5月以来の落ち込みを示した。

チャート:スーパーコアは、6月に2020年5月以来の落ち込み
チャート:スーパーコアは、6月に2020年5月以来の落ち込み

GDPの約7割を占める個人消費が鈍化し始め、それが6月のスーパーコアに反映された可能性がある。
米6月小売売上高は前月比0.2%増、リテールコントロール(自動車、ガソリン、建築材、外食を除く、GDPの個人消費算出に利用)は同0.6%増だったが、1994年にワールドカップが米国で開催された当時(小売売上高は前月比1.2%増、リテールコントロールは同1.4%増)だけでなく、1992年以降の6月平均(0.7%増、0.6%増)と比べて、失望は禁じ得ない。
しかも、今年はW杯開催を受け、アマゾン・プライムデーが7月から6月に前倒しされた。
ガソリン価格の下落という押し上げ効果を受けても勢いに欠ける現状を踏まえれば、必ずしも企業が積極的に価格に転嫁できるとは言い難い。
なお、1994年は単独開催という利点があったが、アマゾン・プライムデーは存在しなかった。

チャート:米月小売売上高、6月単月でみるとW杯とアマゾン・プライムデーの特需を受けても勢いに乏しく
チャート:米月小売売上高、6月単月でみるとW杯とアマゾン・プライムデーの特需を受けても勢いに乏しく

賃上げインフレ圧力も、限定的だ。
米6月雇用統計で平均時給は前年比3.5%と前月の3.4%を上回ったが、生産労働者・非管理職は同3.4%と2021年5月以来の低水準だった。
アトランタ連銀によれば、6月の賃金上昇トラッカーは全米で同3.6%と前月を上回り、特に転職者が同4.1%と加速したが、2024年以降の平均値4.3%を下回ったままだ。

チャート:アトランタ連銀の賃金上昇トラッカー、6月は前月超えも足元のレンジを維持
チャート:アトランタ連銀の賃金上昇トラッカー、6月は前月超えも足元のレンジを維持

7月FOMCで利上げ示唆せずとも、8月はジャクソン・ホール会議を予定

3つ目に、9月利上げを確約するインセンティブに乏しい事情もある。
8月後半にはジャクソン・ホール会議を控えるため、9月に利上げするならば、ここで示唆を与えても十分な時間的余裕があるためだ。
逆に7月FOMCで利上げを示唆して、仮に物価が急伸せず、雇用が悪化すれば、再度立て直しを図る必要があるだけに、会見に臨むウォーシュ氏がそのような混乱を望むとは思えない。

7月FOMC前、一部では利上げを行うとのレポートが取り沙汰された。
しかし、今回のトランプ政権のイラン攻撃停止指示を始め、6月15日の米国・イランの覚書合意を踏まえれば、そろってFOMC前に事態の収束を図った事実が見てとれる。
ウォーシュ氏の義父がトランプ氏の盟友であるエスティ・ローダー一族のロナルド・ローダー氏であり、且つウォーシュ氏がベッセント財務長官と懇意で、慣例の通り週に1回朝食を共にしているだけに、こうした情報を事前に入手していたと考えるのが自然だろう。

チャート:トランプ政権、6月に続き7月もFOMC前に事態収束図る
チャート:トランプ政権、6月に続き7月もFOMC前に事態収束図る

その他、市場ではウォーシュ氏が記者会見を行わないのではとの懸念が広がり、WSJ紙のニック・ティミラオス氏がFRBによる会見案内状をXで投稿する場面がみられた。
市場は疑心暗鬼になっているが、ウォーシュ氏率いるFRBはコミュニケーション手段からバランスシート政策、データ、生産性・雇用、インフレ枠組みまで5つのタスクフォースを設立し、見直しを図る。
この間に大きな政策変更などを行う公算は引き続き小さいと見込む。

むしろ、ウォーシュ氏は会見で金融政策の言質を与えず、記者会見の必要性を低下させる意図があってもおかしくない。
ウォーシュ氏が初の議会証言の冒頭で称賛したグリーンスパン氏といえば、難解な言葉で市場を煙に巻く戦法を駆使していたことが思い出される。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


本ホームページに掲載されている事項は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであり、投資の勧誘を目的としたものではありません。投資方針、投資タイミング等は、ご自身の責任において判断してください。本サービスの情報に基づいて行った取引のいかなる損失についても、当社は一切の責を負いかねますのでご了承ください。また、当社は、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものでなく、今後、予告なしに内容を変更または廃止する場合があります。なお、当該情報の欠落・誤謬等につきましてもその責を負いかねますのでご了承ください。

この記事をシェアする
一覧へ戻る