日銀短観・大企業製造業は2018年3月以来の高水準、物価見通しも上方修正
「市場は私たちへの信頼を失い、インフレをコントロールする能力への信頼も、あらゆる尊重も失われてしまう」――パウエル氏は米連邦準備制度理事会(FRB)議長として最後の会見で、政治圧力に対するFedの姿勢を高々と宣言した。
追加利上げの道筋を進む日銀にとっては、太平洋の向こう側から届いたエールに聞こえたのではないか。
日銀が7月1日に発表した6月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業製造業の業況判断指数(DI)が前回3月調査から5ポイント改善のプラス22と、約8年ぶりの高水準を記録した。
大企業非製造業は1ポイント改善のプラス37と、1991年8月以来となる約35年ぶりの高水準に。
回収基準日が6月11日なだけに、米国とイランが覚書に署名する前の回答が大半と想定されるため、予想外の好結果と言えよう。

チャート:大企業の景況判断、それぞれ上向き
企業の「積極的な価格設定行動」も確認できた。
1年後の販売価格見通しは3.7%と、2014年にデータ公表を開始して以来で最高となった。
物価見通しも2.7%と、2023年3月以来の水準へ引き上げられた。

チャート:物価、販売価格の見通しは企業の積極的な価格設定行動の証左に
企業の事業計画の前提となる2026年度の想定為替レートは、全規模・全産業で152.57円と、前回調査の150.10円からやや円安方向に修正された。
7月1日に一時162.84円と1986年12月以来の安値を更新したドル円に比べれば、現状は企業の想定を大幅に上回る円安水準にあり、輸出企業の業績改善余地を示す一方、輸入コスト増加を通じた物価上押し圧力が引き続き懸念される。
このように、日銀短観に基づけば利上げを正当化し得る環境が整いつつある。
それでもなお、日銀の次の一手は容易ではない。
高市政権という重石が、頭上に圧し掛かるためだ。
「骨太の方針」原案で、日銀に「適切な金融政策運営」が重要と利上げけん制
高市首相と言えば、利上げに慎重な立場として知られる。
赤沢経産相が4月に、円高につながり得る日銀の金融政策は「一つの選択肢としてあり得ると思う」と発言した際、片山財務相が自身と首相の意見として、金融政策について発言を控えるよう注意したエピソードからも、その姿勢がうかがえる。
何より、高市氏は2025年10月に首相に就任した後、これまで6回の日銀金融政策決定会合のうち5回にわたり、城内経財相を送り込み、日銀の動向を間接的に注視してきた。
その城内氏は、利上げを決定した6月会合での主な意見で、内閣府からとして「今回の利上げにつき説明責任を果たすとともに、過度な景気変動が生じた場合には主体的かつ適切な対応が重要」と指摘。
6月26日には、自身の口でそのように語った。

チャート:過去の日銀金融政策決定会合、経財相が出席した局面
城内氏の発言は、7月中旬に閣議決定する予定の「骨太の方針」で、利上げをけん制する高市政権の布石だったと言える。
6月30日の経済財政諮問会議で公表された原案では、「『強い経済』の実現に向けては、適切な金融政策運営が行われることも非常に重要である」と明記。
政府と日銀が「緊密に連携」し、「一体となって取り組んでいく」方針も確認する格好となった。
日銀は内田副総裁が利上げ決定後の会見で「基調的な物価上昇率の上振れリスクに対応するために、緩和度合いの調整を行っており、持続的な成長の実現に資す」と発言。
氷見野副総裁も6月22日の衆院予算委員会で「政府の施策や成長投資と相まって持続的成長に資する」と利上げと政府の成長戦略の整合性を示し、説明責任を尽くしている。
それでも、高市政権が打ち出した骨太の方針原案は、追加利上げへと進む日銀の足枷となる。
こうした状況のなかで、円安進行に対抗し得る手段として為替介入に注目が集まる。
三村財務官は7月1日のブルームバーグのインタビューで、為替対応を巡る日米関係が「これ以上深まりようがないくらい深まっている」と発言。
4月末以降に実施した為替介入後も、米側からの異論は「ただの一度も出ていない」とし、日頃から頻繁に連絡を取り合っていることを強調した。
ベッセント財務長官、為替報告書で再び円安是正求め介入効果高めるか
しかし、日米連携が緊密であることと、一部で期待されている協調介入が即座に実行可能であることは別問題だ。
協調介入は、それ自体が「招かれざるドル安」を引き起こすリスクをはらむ。
足元でこそ原油価格は70ドル割れまで下落したとはいえ、インフレ圧力が燻る状況では、不要なドル安を望むとは思えない。
ウォーシュFRB議長が6月FOMCの会見で物価の安定を遵守する立場を明確化したのも、インフレ期待を抑制する狙いがあったはずだ。
ベッセント財務長官が6月23日に行った講演で、米国の主権と経済安全保障を回復させるための「21世紀の米国版エコノミック・ステイトクラフト」として、5つの原則を提示した流れも見逃せない。
その4つ目の原則として、基軸通貨としてのドルを「国家戦略の中心的な手段」と位置づけた。
翌24日のCNBCインタビューでは強いドルについてさらに踏み込み、ドル指数を意味するのではなく、むしろ「税制の安定性、規制の予見可能性、エネルギー供給の確実性など、人々が米国に投資したいと思う基盤を整えること全体を意味する」と説明した。
一方で、ベッセント氏は、低コスト製造業国による自国通貨の抑制は米国に不利に働く可能性があると言及し、通貨安誘導をけん制する姿勢も打ち出した。
したがって、米国が1986年12月以来の水準へ沈んだ円を放置するとは思えない。
あらためて、ベッセント氏が日本に行動を促すと考えられ、その一つが間もなく公表予定の「為替報告書」となりそうだ。
為替報告書は半期に一度公表され、前回1月分には、「日銀は長年にわたる超緩和的な金融政策を緩やかに解除しつつあるものの、日本円はドルに対しても、実効為替レートベースでも、数十年ぶりの安値圏にとどまっている」との記述があった。
一方で「日本と主要貿易相手国との大幅な金利差や、新政権下の拡張的な財政政策への期待から、円は数十年ぶりの安値圏に固定されている」とも明記された。
トランプ政権で最初に公表された2025年6月分で「(日銀の)金融引き締めを継続すべき」との文言よりトーンダウンしたようにみえるが、日銀の利上げや財政政策をけん制する姿勢は一貫している。

チャート:ベッセント財務長官の6月24日インタビューと過去2回の為替報告書のポイント
米国の円安是正姿勢を確認した後は、米利上げ期待をはく落させる米CPIなどの指標に合わせた介入が現実的なシナリオとして想定される。
過去のコラムで指摘したように、足元の介入の流れは2024年を彷彿とさせるが、当時はゴールデンウイークの介入後、7月に米6月CPIが弱含みFedが利下げに転換するとの思惑が広がるタイミングで介入が実施された。
足元、投機筋のネット・ショートは奇しくも2024年7月以来の高水準にあり、介入への舞台は整いつつある。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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